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2010'09.20 (Mon)

神棚と押尾学

(携帯メール更新)
最近判決が下った押尾学、

「私はキリスト教なので、 イエス様とマリア様に犯した過ちや、今までやってきたバカなことのお許しを求めたり、 田中さんのことを悔いたりしています」

と言っていたらしい。
それを聞いて昔の「神棚の事」を思い出した。


子供時代…というより成人して数年まで、父親のひどい浮気に悲しかったり辛かったり呆れたり怒りが渦巻く日々もあった。
長年の事だったので、前向きにとららえようとするならば良い反面教師になったと思う。

子供時代当時の実家の居間には立派な神棚が壁の上の方に備え付けられていて、父親が仕事から帰宅したら参拝して拝み、口元でブツブツ感謝の言葉か何かを述べていた。
自分一人でやってる分にはいいが、時に私達姉弟にも強要した。
私は一番上の子だったので父親のやっていた事はずっと知っていた。
「家庭より自分のやりたい事(女)にかまけ続けて家族を泣かせて何が神様だ!
神様に見られたら恥ずかしい事しっぱなしのくせに!
神様だけ崇めたら極楽行けるってか?!ふざけんなっ」と思っていた。
父親により強制神棚参拝の時、子供の私は拝むふりして心でずっとそんな事や「父親にバチが当たる事」を神棚に向かって発信していた。

神様を信じようが信じまいが自由だと思うけど、もし神様や神的な存在があるとして(私は後者の方。特定の神様ってのではなくて漠然とした神々しい存在があると思ってきた)、「神様」にこちらの気持ちや思いや言葉を発信する・出来るのは、参拝したり祈る時「だけ」ではないと思う。
神様やそれに近い存在は、発信(参拝や祈り等)されたものだけを拾ってるのではなくて、「生きてる間に何をしているのか」「神様が良しとする在り方でだいたいの日々過ごせているか」なんだと思う。
自分に嘘をついていてもそんなのお見通し。
基本や義務が出来ているか、そんなのもお見通し。

祈りゃいいってもんじゃない。
今まで何してきたのかって話。
大事な人を裏切ったり傷つけたりを平気でしながら自分の快楽を求め続けてきた奴なんだって自覚してないから、押尾も(父親も)こうなんだ(だった)と思う。


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実家から戻ってきたけどまだ夏は続いてる感じ
涼しくなった実家からこっちに戻って私も子も軽く風邪引き、治ったけど体調はイマイチ。
週後半から涼しくなるみたいだから、その天気予報を信じたいです
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